たけがみじゅんこのちょっといい話

2013.05.14

たけがみじゅんこのちょっといい話:世界一の接客は、世界一の連携から

5月のとある日曜日、お友達と二人で世界一のサービスが体験できるというレストランに出かけました。
  恵比寿にあるその店は、お城のような建物に一歩足を踏み入れた途端、光り輝くクリスタルのシャンデリアが出迎え、室内のあちこちにある調度品からは“品良く行動するように”と諭すような雰囲気を感じさせます。きっとこれが非日常性というものなのでしょう。世界一のサービスを受けるためには、受ける側もそれなりの心構えが必要だと再確認させられた私たちは、大急ぎで背筋を伸ばし、口元には微笑みを携えながら、ゆるゆると席に案内されたのでした。
 では、なぜこのレストランが世界一のサービスが受けられると言われているのでしょう。
 それはフランス料理の世界で権威があると言われているクープ・ジョルジュ・ティスト協会が主催したサービスコンテストの世界大会で、日本人で初めて優勝したメートルドテルのMさんがそこにいるからです。
 その活躍ぶりは有名なテレビ番組で紹介され、毎日のように取材がある(Mさんの話)状況から、業界以外の人にもその存在が知られるようになりました。もちろんレストランは連日大繁盛で、私たちが予約を入れようとした時もなかなか叶わず、Mさんの出勤日と私たちの予定を合わせた予約が成立するまでに、ゆうに一カ月を要しました。
 さて当日、私たちを迎えたMさんは静かな微笑みをたたえ、とても35歳には見えない落ち着きぶりで私たちをエスコートしてくださいました。
 「お飲み物は当店からすべてお出し致します。最初はシャンパンになさいますか」という言葉を聞いた途端、連れは「じゃぁ飲み放題ということね。シャンパンお願いします」と元気良く答え、酔っぱらった私は「どうしてみんな名札をつけていないンですか」と因縁をつけるありさまです。すでに食事開始一時間後には、最初の優雅な余裕はどこかに吹き飛び、私たち二人は世界一にふさわしい店の客とは思えない様子になってしまいました。
 こんな私たちにMさんはいつも冷静で「お客様が主役のこの時間に、私たちは黒子ですから、めだたないように心がけています」というお言葉通り、“そろそろ水を足して欲しい”と思えば水がグラスに注がれ、お手洗いに行くため席を立つと、そばにいたソムリエが手ぶりで行く方向を指し示すなど、気持ちを言葉で表す必要がない、まさに至れり尽くせりの4時間を過ごすことになったのです。
 店の繁盛ぶりは決してサービス世界一のMさんが支えているのではありませんでしたね。そこにはサービスの提供をするお庭番のような役割をする黒子の1人ひとりが、客の一挙手一投足に集中し、それに応える動きをチームとして共有していることにありました。1人のスターが組織を支えるのではなく、しっかりとした組織がスターを育てるのだという実感を一層深めた一日でした。
  そんな優雅な時を過ごした私たちですが、最後に玄関まで見送ってくれたMさんに「女性用のお手洗いの床の縁は埃が残っていましたよ」と一言残し、店を後にしたのです。
 あまり良いお客さんではありませんでしたよね、私たち。

代表取締役社長 竹上順子

2013年05月